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	<title>暮らしのタネ &#187; 建築・住宅・街</title>
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		<title>伝統建築を守るひと　【vol3：函館市 川越電化センター　川越氏】</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/1509</link>
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		<pubDate>Thu, 27 Oct 2016 02:11:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>福永夕太</dc:creator>
				<category><![CDATA[ひと]]></category>
		<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。 第三回目は、北海道函館市末広町にある川越さんが守る、川越電化センターです。これが建築や町並みに対して考 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。<br />
第三回目は、北海道函館市末広町にある川越さんが守る、川越電化センターです。これが建築や町並みに対して考えるきっかけになれば幸いです。<br />
<br />
K｜川越誠司さん（弟）<br />
S｜川越早苗さん（姉）<br />
Y｜四方田<br />
<br />
竣工：１９０７年伝（明治４０年）<br />
構造：木造２階建（坪数：３５０坪）<br />
所在地：函館市末広町18-30<br />
所有者変遷：リューリ商会（1907）・北洋問屋冷蔵庫（19xx）〜商工中金函館支店（19xx）〜渡辺商店倉庫（-1983）・川越電化センター（1984）※御本人に確認するも不明時期あり<br />
設計施工：不明<br />
初代所有者：メイエル・モイセーエヴィチ・リューリ（ロシアの漁業家）<br />
指定：市景観形成指定建築物<br />
<br />
K｜この建物を購入したのは私が２３歳の時でした。購入したのはもちろん私ではなく、父の川越耕吉でした。ちょうど店舗に出来る建物を探しているところで、私達はこの現川越電化センターの向かいで商売を営んでいました。<br />
Y｜それは何年頃のことでしょうか。<br />
K｜１９８４年のことです。当時は渡辺商店さんがこの建物を使っていました。ご近所だったので、ちょうど渡辺商店さんが建物を手放したいという知らせを聞いたので、店舗に使えそうだったらという前提で購入を申し出たのがきっかけでした。<br />
Y｜約３０年前ですね。その頃は、渡辺商店さんがバルコニーを壁にしていたと聞いていますが、今の形に改修されたのは何か理由があるのでしょうか。<br />
K｜理由ではないかもしれませんが、渡辺商店さんの前の持ち主だった商工中金函館支店さんの知人から昔の写真を見せてもらう機会がありました。そこには今のような３連バルコニーが映っていて、せっかくならこの形を復元しようという話になりました。この３連バルコニーは当時函館内に他に２棟あったそうです。どちらも今は残っておらず、残ったのはこの建物だけですが、もしかしたら当時この作りは流行っていたのかもしれませんね。<br />
（※文末に旧リューリ商会建築の変遷表記）<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6105.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6105.jpg" alt="_D4_6105" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1511" /></a><br />
Y｜やっぱりいいですね。３連バルコニーはこの建物の何よりの魅力になっていると思います。<br />
K｜ですが建物に住むというところでは良い事ばかりではありません。やはり古い建物でしょう。風に煽られればギシギシ音がするし、トラックが通るだけでも地震が来たように揺れてしまいます。もちろん冬は寒いですし･･･。ですが、それでも補修はして良かったと思っています。<br />
Y｜ところで補修費はおいくらぐらいかかったのですか。<br />
K｜1500万円です。30年前なので結構な金額だったと思います。やはり補修しないことには店舗には難しいくらい痛んでいました。金額も実は土地代だけで建物は付いてきただけなのです。他の２棟もそのまま譲り受けました。<br />
Y｜他の２棟というと、この建物の他に敷地内に建っていたということですか。<br />
K｜気付きませんでしたか。隣の建物と、あとはすぐ近くに３階建の石蔵がありました。それは立派な石蔵で、できたらそちらも改修してワインバーにでもしようなんて話さえあったほどです。<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6276.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6276.jpg" alt="_D4_6276" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1514" /></a><br />
Y｜意識していなかったせいか、本当にすぐ隣にありました（笑）。でも残りのあと１棟が見当たりませんが･･･。<br />
K｜もう１棟の石蔵は渡辺商店さんが味噌蔵に使っていたみたいで私達が譲り受けた時には既に回復が難しい状況でした。味噌なので麹菌のカビがひどく建物を使える状況ではとても無かったのです。よかったら隣の建物の中を見てきますか。<br />
Y｜是非お願いします。<br />
K｜２階にあがってみてください、昔は卓球場にしていた場所です。そのあとにドレスの販売や保管をしたりして今もその名残があります。かなり汚いままですが･･･。<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6283.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6283.jpg" alt="_D4_6283" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1515" /></a><br />
Y｜貴重なお部屋を見せていただきありがとうございました。<br />
K｜長く使っていないので汚いままでしたが･･･。<br />
Y｜いえいえ。ところでこの建物は旧リューリ商会としてよく紹介されていると思います。<br />
K｜はい。聞いた話ですが、ロシア革命の残党が日本に渡って商社を立ち上げた時に使ったそうです。それが明治４０年、リューリさんという方が建てた会社でした。改修をして分かったことですが、その頃の外壁はピンク色でピンクハウスと呼ばれていたそうです。塗装の後をみたら、実に７色に塗り替えられていたそうです。（※文末にリューリ氏のプロファイル表記）<br />
Y｜この建物は当時のものでは無いのではなく建て替えられたのではないか、という説を聞いたことがあるのですがご存じですか。１９２１年の函館の大火で焼失したかもしれないという説です。<br />
K｜どうでしょう。この建物は私が知る限りは、当時のものだと思います。函館市の方もそう言っていました。<br />
Y｜どこか当時のままの部分などはありますか。あるいは面影を残すところなどは。<br />
K｜窓枠は全部当時のものです。ペンキを塗って綺麗にはしましたが。特に２階のドアは飾り枠を含めて当時のままの形で残っています。<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6337.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6337.jpg" alt="_D4_6337" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1516" /></a><br />
Y｜とても重厚な作りですね、高級感があります。<br />
K｜ここ末広町は、当時言わば函館のウォール街でした。日銀をはじめ、いくつかの銀行、老舗企業などが並ぶ場所だったのです。私達が来た頃は、自分たちが一番の新参者でした。今思えばウォール街で電気屋を営んでいたものですから異色の商売でしたね。あ、私は仕事があるので途中ですが失礼して、あとのお話は姉が伺います。<br />
Y｜承知しました、お忙しいところありがとうございました。<br />
<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6248.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6248.jpg" alt="_D4_6248" width="550" height="217" class="alignnone size-full wp-image-1517" /></a><br />
S｜住み始める当時は、野良猫が自由に出入りするような大きな穴がいくつも空いていたのです。今も裏手にある駐車場のあたりをうろうろしながら中にまで入って来ようとするのです。困っちゃう。<br />
Y｜鳴き声が聞こえていましたね、ドアの方から視線を感じていました。<br />
S｜私はあまり建築のこととか家のこととか分かりませんよ。<br />
Y｜大丈夫です、少し函館のことまで話を広げてお伺いしてもよろしいですか。こういった目立つところに住んでいると観光の方とかが見に来たりしませんか。<br />
S｜時々ありますよ、外国の方とかもよく覗いていかれます。建物見たさというよりは隣に坂があるでしょう。この坂は大三坂と言って日本の道１００選に選ばれているのです。<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6350.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6350.jpg" alt="_D4_6350" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1518" /></a><br />
Y｜風情がある坂ですからね。秋の紅葉は本当に素晴らしい。<br />
S｜すぐそばに植わっているナナカマドが時期を迎えると真っ赤に染るのです。それを坂の上から見るとまるで黄泉国のような景色に見えます。それはそれは美しい景色ですよ。そういう意味では、観光のためにもこの建物を維持しないといけないのかなぁと感じるときがあります。<br />
Y｜素敵なお考えだと思います。それに既に３０年もの間綺麗に守ってきていらっしゃる。<br />
S｜実はこの建物を守っていこう、という意気込みはもともとありました。３０年前の川越電化センターは、函館で有名なイカ釣り船とかの電気設備を沢山作ったりしていて、社員も４０人ほどいる時期がありました。その頃は自力で維持していこうという意気込みがありましたが、今は見ての通り弟と二人きりという規模です。建築遺産として残したいという気持ちは･･･ありますが、今はそこまで考える余裕は多くはありません。もし函館市自体が観光で食べていくという決意をしてくれたら少しは変わっていくと思います。<br />
Y｜４０人もの社員さんを抱える時期があったとは驚きです。函館市内でも立派な大企業ですね。函館は観光地として魅力的だと思いますが、今のままでは駄目なのですか。<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_5869raw.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_5869raw.jpg" alt="_D4_5869raw" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1519" /></a><br />
S｜今のままで、というよりは昔のままであってくれたら良かったのかもしれません。そう、今までが良すぎたのだと思います。ここ函館は美しい海に囲まれ、イカはもちろん魚介類も何でも美味しい。それに夜景はいつの間にか日本三大夜景に選ばれ、緑や山も豊かです。そういった地の利のお陰でここまで観光客も絶えずにやってきました。ですが、一方でそういった地の利に甘んじて、観光を伸ばす努力をしてこなかったようにも思っています。その証拠に、「函館と言えば」と聞かれた時に、「一体何だろう」と、函館に住む私自身考えてしまいます。イカでしょうか、あるいはパンでしょうか。ちょっとした函館名物は、もしかしたら少しの努力で生まれていたかもしれないのです。<br />
Ｙ｜それは聞いているだけでも歯がゆい思いです。でも函館山の夜景は今も素晴らしいと思います。<br />
<br />
Ｓ｜確かにとっても綺麗。ですが、函館山からの夜景を見て、いつも明かりのバランスが良くないと感じます。これは電気屋だからかもしれません笑。今や日本三大夜景の座も既に移ってしまいました。函館山から藻岩山（札幌）に、その座を譲ってしまったのです。このままでいいのでしょうか、でも一人では何をしていいか分かりません。そんな焦りにも似た気持ちがあります。<br />
Ｙ｜すぐに変わらないことだから余計に焦ってしまう気がします。函館がどうなっていくと良いと思いますか。<br />
S｜函館に人が来てくれることが何より嬉しいです。住みたいという人でも仕事でも観光の方でも。この町が良くなって欲しいとは言いません。でも悪くなって欲しくない、そんな気持ちです。さきほどお話した、目の前にある日本の坂百選の大三坂がありますよね、私毎日その坂の看板を拭いて綺麗にするのが日課なのです。<br />
Y｜それは素晴らしいことですね。そういう日々の積み重ねを多くの方がするようになれば、悪くなることなんて絶対ないと思います。でもなかなかそれは出来ないことです、なにが原動力なのでしょうね。<br />
S｜きっと愛しているんです、函館を。<br />
Y｜とてもよく伝わってきました。本日はありがとうございました。<br />
S｜こちらこそありがとうございました。<br />
<a href="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6184raw.jpg"><img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/10/D4_6184raw.jpg" alt="_D4_6184raw" width="550" height="367" class="alignnone size-full wp-image-1520" /></a><br />
【旧リューリ商会建築の変遷】<br />
リューリ商会が明治40年(1907年)に建てたのが前身。実際は現建築は1921年〜25年頃に再建か？木造2階建て。市の伝統的建造物、且つ歴風文化賞の認定。川越さんが購入されたのは1984年、当時は北洋漁業関係のお仕事をされていた。<br />
リューリ商会とは、ロシアの漁業家メイエル・モイセーエヴィチ・リューリ（1881～1954）が、明治35年（1902）に弟アブラムともに設立した漁業会社のこと。その函館支店にあたる。半円型三連アーチバルコニー（呼称ベイバル）が特徴。1985年に歴風文化賞を受賞している。<br />
<br />
【メイエル・モイセーエヴィチ・リューリ氏経歴】<br />
ロシアの漁業家。1902年漁業会社創業、1906年初の来日、1907年函館支店開設、1919年リューリ一家来日横浜在住、1921年函館大火、再建？1923年一家は函館へ転居。1927年不漁による倒産危機、その後は借り入れの続く経営難を経て、倒産退去（1933）。<br />
</p>
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		<title>伝統建築を守るひと　【vol2：函館市 小森商店　小森氏】</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/1482</link>
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		<pubDate>Thu, 30 Jun 2016 08:14:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>福永夕太</dc:creator>
				<category><![CDATA[ひと]]></category>
		<category><![CDATA[ライフスタイル]]></category>
		<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[歴史・起源]]></category>
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		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。 第二回目は、北海道函館市弁天町にある小森さんが守る、小森商店です。これが建築や町並みに対して考えるきっ [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。<br />
第二回目は、北海道函館市弁天町にある小森さんが守る、小森商店です。これが建築や町並みに対して考えるきっかけになれば幸いです。<br />
<br />
K｜小森圭一さん（３代目：父）<br />
T｜小森健良さん（４代目：息子）<br />
Y｜四方田<br />
<br />
Y｜本日は路面電車でこちらまで参りました。終点の函館どつく前で降りてから歩いて５分ほど、小森商店が近づくにつれて海の香りが強くなるのを感じました。<br />
K｜今この小森商店の前は倉庫が並んでいますが、昔は目の前が海だったそうです。<br />
Y｜海沿いの建物だったというのは驚きです。それはいつごろの話でしょうか。<br />
K｜私がこの建物を借りたのが昭和２５年、２２歳の時でした。その時にはもう埋め立てられていたので実際に海だったところは見ていないのです。<br />
T｜でも僕が子供の頃は海が今よりももう少し手前にあったのを覚えています。数回にわたって埋め立てが行われていたようです。<br />
Y｜海沿いにこの小森商店があるのを想像するとワクワクします。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/01_X2_3118.jpg" alt="01_X2_3118" width="580" height="271" class="alignnone size-full wp-image-1486" />
T｜それは僕も見てみたかった景色です。小森商店の２階が洋風の建築なのは、船が遠くから見た時に洋風の町並みに見えるからという理由もあるそうです。<br />
Y｜擬洋風建築の所以ですね。創建当時の１９０１年頃、このあたりで流行した１階が和式、２階が洋式という和洋折衷の建築様式だと聞いています。中でも小森商店は函館最古の擬洋風建築だそうでお話を伺いたいと思っていました。<br />
K｜正直住む方にとっては、そんなことはあんまり意識していませんでした。<br />
Y｜素晴らしい建築だから購入されたという訳ではなかったのですか。<br />
K｜当時は生活することで精一杯でしたから。私は７人兄弟の長男だったので、人一倍兄弟の面倒をみなくてはと幼い頃から思っていました。とても建築まで意識は回りません。<br />
Y｜いつごろ文化的価値のある建築だと意識され始めたのでしょうか。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/02_X2_2953.jpg" alt="02_X2_2953" width="580" height="271" class="alignnone size-full wp-image-1487" />
K｜平成元年です。その年に函館市の景観指定文化財に認定されたのです。そこで改めてこの建築の価値に気付きました。<br />
Y｜その時まで意識されていないということは、築88年になるまで気付かれていないということですね。88年というと、一般的な建築物では建物の価値はとうに無くなって更地に戻っている年数です。<br />
K｜そういうことになりますね。この建物は私が３代目なので、私が住み始めて約４０年目のことですよ。それ以前の人も文化的価値があるかどうかは意識していたのかどうか。<br />
Y｜初代と２代目の方はどのような方が住んでいらっしゃったのですか。<br />
K｜初代は田中商店、２代目は吉見海事興業という方です。２代目の吉見さんからは直接購入しているので存じていますが、田中商店の名前は屋根裏から棟札が出てきたことで分かったのです。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/03_X2_2979.jpg" alt="03_X2_2979" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1488" />
竣工：１９０１年（明治３４年）　<br />
構造：木造２階建・規模：96坪<br />
所在地：函館市弁天町２３−１４<br />
設計施工：櫻井喜三郎<br />
初代所有者：田中仙太郎<br />
指定：市景観形成指定建築物<br />
<br />
Y｜田中商店、吉見海事興業、小森商店･･･３世代にわたって「商売が建築物を繋いできた」ということを強く感じます。<br />
K｜そうかもしれません。始めは借りていたのですが、私も２２歳から今までここで商売をしています。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/04_X2_2857w.jpg" alt="04_X2_2857w" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1489" />
Y｜今は船道具屋をされていますがこれまでもずっと同じ家業ですか。<br />
K｜だいたいは同じようなものですがもう少し幅広く仕事をしていました。もともと借り始めた時は間借りだったので、当時は私の他に５、６家族が入居していました。<br />
Y｜６家族の同居･･･とはこの建物にですか。<br />
K｜もちろん、１階と２階あわせてですがね。トイレは共同、風呂は近くの銭湯に行っていました。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/05_X2_3112.jpg" alt="05_X2_3112" width="580" height="271" class="alignnone size-full wp-image-1490" />
Y｜近くに銭湯というとこの弁天町にですか。<br />
K｜明治から昭和初期にはとても栄えていた町ですから、まわりにも１０カ所近く銭湯はあったと思います。弁天座という映画館や射的場、それに遊郭としても有名だったから宿場も多かったですよ。<br />
Y｜そんな歓楽街として栄えていたとは、知りませんでした。<br />
K｜賑わいを見せていた時は、まわりだけでは宿が足りなくなるほどで２階の空いているスペースにもよく人を泊めたものです。それこそ多いときは２５人くらいの人を泊めました。<br />
Y｜５，６家族の同居に２５人の宿泊客。もう想像が出来ません。笑<br />
T｜それは僕も想像できません。笑<br />
K｜夜遊び客というよりは泊めていたのは船の見送りをする方々がほとんどでした。<br />
Y｜でも必要とされるものを提供して使われてきたから今まで建築物も残ってこられたのだと思います。<br />
K｜最近の商売ももう少し皆さんに興味を持ってもらえるといいのですけどね。少しご覧になりますか。<br />
Y｜はい、船道具ですね。お願いします。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/05Ship_item.jpg" alt="05Ship_item" width="580" height="271" class="alignnone size-full wp-image-1491" />
K｜昔から廃船を買ってきては、分解して部品取りを行って仕入れにしています。150トンくらいの木造運搬船がほとんどですが、昔から考えると10隻くらい購入していると思います。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/06_X2_2948raw.jpg" alt="06_X2_2948raw" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1492" />
Y｜どの道具もまだまだ現役ですね！（霧笛を手にとって鳴らすとボォォーンと大きな音が響く）<br />
K｜船道具自体はもう最新の設備にとって代わっているから現役というのは難しいかもしれません。むしろレストランやバーなどの店舗什器として買っていただくことの方が多くなってきました。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/07_X2_3108.jpg" alt="07_X2_3108" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1493" />
Y｜羅針盤もしっかり反応しますね！（磁石を近づけると針が振れているのを確認している）<br />
K｜今は船のシステムもGPSになっているので、それも現在は使われていません。やはりインテリアにお薦めしています。<br />
Y｜それにしても興味深いものが色々とありますね。特に霧笛は買って帰りたいくらいです。<br />
K｜どうぞどうぞ、気になるものがあれば。出来るだけ多くの方に見ていってもらいたいと思っています、それでぜひ購入もしてもらえたら嬉しいですね。<br />
Y｜また次回きた時にはどんな船道具が増えているかも楽しみです。もう少しお部屋でお話を伺ってもよろしいですか。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/08_X2_3084.jpg" alt="08_X2_3084" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1494" />
T｜この居間はいいでしょう、暖かいから。二階は話し合いをするには寒くて･･･笑<br />
Y｜真ん中にストーブがあるのは珍しいですね。<br />
K｜珍しいと言えば奧に蔵があるのが皆さん驚かれますよ。<br />
Y｜先程見させてもらい充分驚きました。住居スペースから突然蔵に繋がりますが、当時からあの姿なのですか。増改築したようにも見えます。<br />
K｜昔からあの形です。仰々しいだけではなくて、なかなか使いやすいのですよ。<br />
T｜普通は蔵というと住居と離れたところにあるものですがここは併設です、というよりも家の中にあります。夏場には冬のものをしまっておいたり、便利な倉庫として活躍してきました。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/09_X2_2996.jpg" alt="09_X2_2996" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1495" />
Y｜これほどの蔵が室内にあるところが珍しいです。風雨にさらされていないので艶やかですし、厚い土壁は火も通しません。ところで先程、市の景観指定を受けるまで建築を意識されなかったとのことですが、今はこの独特な建築物を守っていくというお考えなどはお持ちでいらっしゃるのですか。<br />
K｜実は既にこの建物は私のものではありません。もうそういう意味では守り手を次の世代に渡しているのです。<br />
T｜１０年前くらいでした、突然この建物の名義を変更するからって、父親から言われました。<br />
Y｜もう継承されていたのですね。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/10_X2_2908.jpg" alt="10_X2_2908" width="580" height="271" class="alignnone size-full wp-image-1496" />
T｜現在は両親が住んでいますし、僕は家は別の場所にあります。ですので、文化財を守るという大義名分よりも、名義を変更しただけというのが実際のところです。<br />
Y｜名義を変更することと守り手になるというのは必ずしもイコールではないように感じますね。<br />
T｜今は何も出来ていないなりに維持がされています。景観指定もあり、外観は綺麗に保っています。何より両親が変わらず住みながら、船道具の商売を続けています。ここで変わらずに生活できているというのはひとつの大きな価値かもしれません。<br />
Y｜そう、最後にお二人に、この建物がこれからどうなっていくと良いか、お持ちの展望をお伺いしてもいいですか。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/06/11_X2_2919.jpg" alt="11_X2_2919" width="580" height="271" class="alignnone size-full wp-image-1497" />
K｜この建物が守られればそんな嬉しいことはありません。ですが、それは誰かが守ってくれればいいなぁという程度の希望です。あと今の住まいとして思うことと言えば、少し広すぎるかなぁと感じるくらいです。<br />
T｜この建物をというのもありますが、市の指定を受けているからというよりも、私は自分が育ってきた建物が維持できたらという想いの方が強いと思います。あとはもう少し暖かいと嬉しいですね。特に二階です。<br />
Y｜お二人とも希望がささやかですね。ただ建物が守られていくことはとても難しいのだとも改めて感じました。この小森商店という素晴らしい擬洋風建築がこれからも残っていくように願っています。<br />
<br />
写真・文:<a href="http://kaza.jp/" title="http://kaza.jp/" target="_blank">中村風詩人</a></p>
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		<title>伝統建築を守るひと　【vol1：函館市 旧相馬邸 東出伸司氏】</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/1441</link>
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		<pubDate>Sun, 01 May 2016 01:18:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>福永夕太</dc:creator>
				<category><![CDATA[ひと]]></category>
		<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。 第一回目は、北海道函館市元町にある東出伸司さんが守る、旧相馬邸です。これが建築や町並みに対して考えるき [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。<br />
第一回目は、北海道函館市元町にある東出伸司さんが守る、旧相馬邸です。これが建築や町並みに対して考えるきっかけになれば幸いです。<br />
<br />
&#8212;&#8212;&#8212;-interview on 4th of April<br />
H:東出伸司さん（旧相馬邸オーナー）<br />
Y:四方田裕弘さん（青山物産代表）<br />
<br />
MC:お二人の出会いはどういったものだったのでしょうか。<br />
<br />
Y:5年ほど前に私が旧相馬邸を訪ねたのが始まりです。弊社の社員に函館にゆかりが強い者がいるので、いつからか「社員旅行は函館」と言うのが定番になっていました。3回ほど函館を訪れた時に、観光よりも文化を掘り下げてみたいと思いこの旧相馬邸を見学してみることにした時に出会いました。<br />
<br />
H:あの時は突然別室にお呼び立てして失礼しました。ちょっとした人違いをしてしまいましたね。<br />
<br />
Y:いえいえ。見学に来ただけだったので驚きましたが、それがきっかけで旧相馬邸の歴史や建築物としての素晴らしさに触れることが出来ました。<br />
<br />
MC:人違いから始まるのも奇遇な縁ですね。初めて四方田さんが旧相馬邸に入った時にはどんな印象をお持ちになりましたか。<br />
<br />
Y:とにかく圧倒されました。私は職業柄よく伝統建築を見に行くのですが、旧相馬邸の天井に走る梁や黒炭の使い方、それに釘隠しなど随所に並々ならぬこだわりを感じました。<br />
<br />
MC:四方田さんが函館で旧相馬邸に出会えたのは幸運でしたね。ところで、函館出身の東出さんにとって、以前の旧相馬邸はどういった存在だったのでしょうか。<br />
<br />
H:この建物は小さい頃から知っていました。高校がすぐ近くの函館西高校だったこともあり近所のお屋敷のようなイメージを持っていました。この辺りは縄張りというか、青春の遊び場だった訳です。<br />
<br />
MC:その時から旧相馬邸に出入りされていたのですか。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/P01_1DX7451.jpg" alt="P01_1DX7451" width="580" height="338" class="alignnone size-full wp-image-1449" />
H:いえ、その時はまだ相馬家の自宅だったので入れなかったのです。それどころか立ち寄りがたい雰囲気がありました。正直、怖かったです。<br />
<br />
Y:怖かったのですか。<br />
<br />
H:そう、当時から函館での相馬家というのは別格でしたから。漠然と畏怖のような念を抱いていたのだと思います。それから何十年も過ぎて、もう一度旧相馬邸と向き合う時が来ました。<br />
<br />
Y:それはいつ頃のお話ですか。<br />
<br />
H:私が50代か60代近くなった時、ちょうどバブルが弾けた頃です。元々私は四方田さんと同じ不動産屋でして、とにかくお金を稼ぐ日々を過ごしていました。それであるとき、こんな風に思ったのです。お金は稼いできた、だがそれだけの自分の人生は一体何だったのだろうか、と。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/P02_1DX7457.jpg" alt="P02_1DX7457" width="580" height="338" class="alignnone size-full wp-image-1450" />
Y:お金が紙切れのように思えた、ともおっしゃっていましたね。<br />
<br />
H:そうです。そういった思いが芽生えた頃、たまたま元町を散歩する機会がありました。そしたら、学生だった時と比べて随分と空き地が増えていました。建物が荒れたままの場所も少なくありません。残念ながら青春時代に見ていたこの旧相馬邸もその例外では無かったのです。<br />
<br />
MC:旧相馬邸との再会ですね。何年くらいの出来事ですか。<br />
<br />
H:10年ほど前なので2006年頃だったと思います。旧相馬邸は当時も開放されておらず、地元の不動産会社が所有していましたが、その不動産会社の経営状態から、旧相馬邸はまもなく手放される危機を迎えている事を知りました。ということは、このままだと旧相馬邸は壊されるかもしれない、もしかしたら駐車場か何かになってしまうかもしれない、そう考えていたら何とか出来ないだろうか、と強く思いました。<br />
<br />
Y:その頃、旧相馬邸は誰からも見捨てられていたと聞いています。函館市も取得に決して乗り気では無かったそうですが。<br />
<br />
H:そうです、私が函館市に購入して保存してくれないかと頼みに行きました。<br />
<br />
Y:東出さんご自身で市に直接ご提案されたということですか。<br />
<br />
H:はい、何度も私は提案に行きました。ですが函館市が買うという話は一度も出たことがありません。なにせ当時は荒れ果てた幽霊屋敷でしたから。靴を履いて入らないといけないほど荒れていました。<br />
<br />
MC:結果的に購入されていますが、そこからどういった経緯で取得にいたったのでしょうか。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/03_1DX7657.jpg" alt="03_1DX7657" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1444" />
H:それから何度か見に来ました。変わらず幽霊屋敷で怖かったのですが、それでも細部を見ていったら欄間はしっかり残っているし、組まれた支柱にはヒビも節も見当たりませんでした。ひょっとしたらこれは大変な価値があるのではないか、と思い始めたのです。<br />
<br />
Y:そのあとすぐに購入されたのですか。<br />
<br />
H:いえ、それから何度も函館市を訪ねて旧相馬邸の価値を訴えました。それでも市は全く取り合ってくれませんでした。それどころか段々と私がいく度に市の職員方は目を背けるようになっていました。<br />
<br />
Y:函館市が旧相馬邸を購入して保存に乗り出すことはもう期待できない、その頃にはそうお考えだったのではないでしょうか。<br />
<br />
H:はい。市庁舎を後にしてとても落胆しました。その帰り、私は最後にと思ってもう一度旧相馬邸を見に行ってみました。夕暮れ時で、不気味な雰囲気に包まれていました。そこで、木枯らしに吹かれた松が大きな音を立てた時です、私はこの旧相馬邸に、あるいはこの屋敷に住む何かに、ギロッと睨まれた気がしたのです。私は飛び上がるように屋敷から逃げ出しましたが、思えばその時に私はこの旧相馬邸を取得するのかもしれない、と思い始めたのかもしれません。<br />
<br />
Y:学生時代に抱いていたと言う畏怖の念、それから数十年を経てまた怖れを抱くような不思議な出来事ですね。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/07_1DX7800raw.jpg" alt="07_1DX7800raw" width="580" height="338" class="alignnone size-full wp-image-1448" />
H:私は何かに取り憑かれたように、その数日後には銀行や信用金庫へ回って借り入れが出来るか確認をしていました。ですが、この時点では旧相馬邸を守りたいというよりは、現実的には他に売り先が見つかるまで自分が取得して繋ぎ役をできないか、というくらいの気持ちで、まだ大義を頂いている訳ではありませんでした。<br />
<br />
Y:それから購入まではどれくらい検討されたのでしょうか。<br />
<br />
H:1ヶ月です。68歳の秋でした。私はもう年ですから一週間が矢のように過ぎていきます。それに日々体力が落ちていくのを実感しています。決断は早いほうがいいと思っていました。<br />
<br />
Y:これほどの物件を1ヶ月で購入する決断をされるのは大変なことです。<br />
<br />
H:それが買うだけでも大変なのに、補修をしないと屋敷に入ることもままならない状況でした。もちろん補修の工事をする訳ですが、その期間中に内部を見せてもらえないか、と何人か訪ねてくる事がありました。見たい人がいるなら奇麗にして公開しようと思ったのがこの頃です。さらには、そこから得られる入場料を元に補修費を捻出できないかと考え、翌年の春に公開してから今に至ります。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/02_1DX7665.jpg" alt="02_1DX7665" width="580" height="387" class="alignnone size-full wp-image-1443" />
MC:旧相馬邸は公開から早3年近くが経とうとしていますが、足を運んで見に来てくれた人には何を感じて、持ち帰って欲しいと思っていますか。<br />
<br />
H:ひとつには文化財の建物の素晴らしさです。それに旧相馬邸を知る事によって、函館の歴史や北海道への興味などをもってもらうきっかけになればと願っています。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/04kyuusoumatei01.jpg" alt="04kyuusoumatei01" width="580" height="218" class="alignnone size-full wp-image-1445" />
MC:今も公開し続けるのにあたり、補修費まで考えると大きな赤字だと思いますが、どういった気持ちで続けることが出来ているのでしょうか。<br />
<br />
H:それは、男の意地です。函館に23万人(※現在は26万人)もいる中で、誰も旧相馬邸を守ろうとしなかった。それなら自分がやってやる、というようなそういった気概で望んでいます。もうひとつは、旧相馬邸のような伝統建築物はこれからどんどん壊されていくと私は思っています。どうして壊されるかと言えば、それは守り抜くことが出来ないから壊すしかない、というのが現実です。そのためにはこの旧相馬邸のように「民間人が立派に再生し利益を生み出すようにした」ということが実証出来れば、全国の同じような境遇にある建物やその守り手が勇気づけられるのではないかという思いがあります。<br />
<br />
Y:自分も会社を経営している身として、こういった形でしっかりと修復され公開をし、さらに利益をあげることが出来ていることに感銘をうけました。なぜお金を稼ぐのか、また稼いでどうするのか。そういった商売のあり方について私も価値観が変わりました。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/05kyuusoumatei02.jpg" alt="05kyuusoumatei02" width="580" height="218" class="alignnone size-full wp-image-1446" />
MC:現在は市から購入したいなどの申し出はないのですか。<br />
<br />
H:全くありません。寄贈の話はなくもないですが・・・。<br />
<br />
Y:寄贈ですか・・・。以前、旧相馬邸の屋根裏を見せていただきながら修築の経緯などのお話を聞かせて頂きました。色々と話を伺ううちに、東出さんは自分のお金の使い方を知っている方だと私は思いました。使命感で旧相馬邸を購入し、きちんとした形で利益をだし、しっかりと市に還元していることに感動しました。個人的には、この現状の仕組みはこれからも保っていって欲しいと思います。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/06_1DX7811raw.jpg" alt="06_1DX7811raw" width="580" height="338" class="alignnone size-full wp-image-1447" />
MC:四方田さんはそういうことを感じる中で、自分でも実際に建築保存をやってみたいと思うのですか。<br />
<br />
Y:自分の今の能力だと何ができるのだろうと考えるようにはなりました。自分の町、東京だと同じことをしようと思えばそれこそ金額の桁が違います。まだ確かな答えは出ていませんが、ひとつ函館で学んだ大きなことは、経済基盤がしっかりしていないと保存への意識は変わらないということです。結果的に、人がいなくなってしまっては残す人もいなくなってしまいますから。<br />
<br />
MC:東出さんは、伝統建築を守るにあたって何が必要だと思われますか。<br />
<br />
H:熱い心がないと難しいですね。理由は何でもいいと思っています。歴史に名を残したいとか、遺産を後世に伝えたい、あるいはただ格好付けたいでもいい、理由はどうあれまず守らなければ始まりません。そのためにはまず、その建築物に惚れ込むことです。<br />
<br />
MC:東出さんは今後のビジョンは何か考えていますか。<br />
<br />
H:旧相馬邸の話ではありませんが、ミャンマーに小学校を作りたいと思っています。昨年カンボジアに行って来たのですが、町の汚さや生活環境の悪さに驚きました。そこかしこに水たまりのある町を裸足で子供達が遊んでいるのを見ていていたたまれなくなりました。そこで隣のミャンマーの学校の環境はもっと悪いという話を聞き、その状況を何か少しでも変えられたらと思いました。<br />
<br />
Y:それはとても素晴らしいお考えですね。東出さんだったらきっと出来る気がします。<br />
<br />
H:その前にこの旧相馬邸ももちろん発展させていかなくてはなりませんね。<br />
<br />
Y:それも大いに期待しているところです。<br />
<br />
H:頑張りますよ、体が動くうちは。これからもよろしくお願いいたします。<br />
<br />
Y:こちらこそよろしくお願いいたします。<br />
<br />
MC:お二人とも本日はありがとうございました。<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2016/05/P04_1DX7530.jpg" alt="P04_1DX7530" width="580" height="338" class="alignnone size-full wp-image-1452" />
<br />
写真・文:<a href="http://kaza.jp/" title="http://kaza.jp/" target="_blank">中村風詩人</a><br />
<br />
※是非、旧相馬邸に足を運んでみてください。<br />
<a href="http://www.soumatei.com/" title="http://www.soumatei.com/" target="_blank">旧相馬邸ＨＰはこちら</a></p>
]]></content:encoded>
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		<title>本を読みましょう！</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/458</link>
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		<pubDate>Tue, 19 Apr 2016 15:21:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yomoyasu</dc:creator>
				<category><![CDATA[お金のこと]]></category>
		<category><![CDATA[ひと]]></category>
		<category><![CDATA[ライフスタイル]]></category>
		<category><![CDATA[リノベ・ＤＩＹ]]></category>
		<category><![CDATA[子育て]]></category>
		<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[心と体の健康]]></category>
		<category><![CDATA[文学]]></category>
		<category><![CDATA[歴史・起源]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[雑学・実用]]></category>
		<category><![CDATA[食のこと]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[本を読みましょう！ なぜって？　それは読書はとても素晴らしいことですから。 読書の魅力 １．あっ、そうなんだ！こういう考え方もあるんだ！と、新たな道を教えてくれる。 ２．新たな友人を紹介してくれる。1冊の本から10人と「 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
本を読みましょう！<br />
なぜって？　それは読書はとても素晴らしいことですから。<br />
<br />
読書の魅力<br />
<br />
１．あっ、そうなんだ！こういう考え方もあるんだ！と、新たな道を教えてくれる。<br />
<br />
２．新たな友人を紹介してくれる。1冊の本から10人と「はじめまして」<br />
もちろん、故人とも友達です。<br />
本の友人はその生死を問いません。<br />
<br />
３．全く異なる価値観を示してくれます。<br />
まったく異なる時代を生きた、あなたと同じ年頃の人の価値観。<br />
あなたのおじいちゃんのそのまたじいちゃんのそのまたおじいちゃんのそのまた・・・・・・・・<br />
そのまたおじいちゃんが、あなたと同じ年頃の時代。<br />
人はどのように考え、どのように生きていたか。<br />
本はそれをお手軽に示してくれます。<br />
<br />
４．好きな人の歴史を知ることができます。<br />
この人、20歳（ハタチ）で書いた文章と60歳で書いた文章違うよなぁ<br />
なにかしら心の変化があったのかなぁ<br />
両親のように見守ってしまいます。<br />
時には、心の中でアドバイスも。<br />
（芥川さん。もっと明るく生きようよ！なんて。。。スミマセン。。。）<br />
<br />
５．読書をすると自分を見つめなおします。<br />
非常に大切なことです。<br />
<br />
６．暮らしのタネで紹介している本を読まれて、いいなと思っていただけたら<br />
私たちも嬉しいです。それは、本を通じて心が繋がったということ。<br />
実際にお会いしなくても、本は心の繋がりを築いてくれます。<br />
７．・<br />
８．・<br />
<br />
数え上げればきりがないくらい。それ程、読書は魅力的なのです。<br />
さあ皆さん、今すぐ本を手にとって！<br />
おっとその前にコーヒーの準備、いや私は紅茶とスコーン！？お茶がいい？<br />
なんでもいいです。用意はいいですか？<br />
<br />
素敵な友人が、あなたを待っていますよ。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>古い建物や街並みは語る</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/550</link>
		<comments>http://www.kurashinotane.com/archives/550#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Dec 2015 10:16:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yomoyasu</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[懐古主義的な発想はあまり好きではないが、私は古い建物が好きである。 人にはそれぞれの歴史がある。 あのころ&#8230;と一言とっても、私のあのころ、父母のあのころ、祖父母のあのころでは情景もにおいも異なる。 あの建物の [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
懐古主義的な発想はあまり好きではないが、私は古い建物が好きである。<br />
<br />
人にはそれぞれの歴史がある。<br />
あのころ&#8230;と一言とっても、私のあのころ、父母のあのころ、祖父母のあのころでは情景もにおいも異なる。<br />
<br />
あの建物の前で、あの木の前で、私があなたと同じ年頃のときは&#8230;こんな事を考え、こんな思い出があった。あのころはよくそんな会話をした。<br />
<br />
古い建物や街並みは、祖父母の時代、父母の時代の空気やにおい、思い出を今に伝えてくれる。私のそれも、子供や孫に伝えてくれる。<br />
<br />
それぞれのあのころを繋いでくれる。<br />
<br />
私が古い建物や街並みが好きな由縁である。<br />
<br />
先日、表参道ヒルズに行った。<br />
同潤会の一部を保存していると聞いたが、なにをあれは骸だ。<br />
剥製を指して、これぞ野生の虎よと言わんがごとし。<br />
<br />
仕事は真似である。弟子は師匠を真似て仕事を覚えるのだ。<br />
これから建築を目指すものは、あれを建築保存だと思うだろう。<br />
<br />
周りを見渡してみよ。すでに明治、大正はなく、昭和がちらほらあるのみだ。<br />
<br />
東京には、過去が少なくなってきた。<br />
<br />
過去は基本である。<br />
<br />
基本を失ったものほど脆くて弱いものはない。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
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		<title>街づくりとは、街を愛する人を作ること</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/217</link>
		<comments>http://www.kurashinotane.com/archives/217#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 26 Dec 2015 09:55:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>福永夕太</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[コラム]]></category>

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		<description><![CDATA[街づくりとは、街を愛する人を作ることでもあると思います。 自らの歴史と街の歴史が交わり、街に愛されたと感じた時に、ふとその街を愛するようになるのでしょう。 パリの愛についてのショートムービーです。 原題　Paris Je [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
街づくりとは、街を愛する人を作ることでもあると思います。<br />
<br />
自らの歴史と街の歴史が交わり、街に愛されたと感じた時に、ふとその街を愛するようになるのでしょう。<br />
<br />
パリの愛についてのショートムービーです。<br />
原題　Paris Je T&#8217;aime-14e Arrondissement 約７分の日本語版<br />
<br />
ハトのフン、カタコンベ、スリ、クープがしっかり割れていないフランスパン、マルシェで見た、皮を脱ぎ捨て逆立ちしているヤギ、カウンセラー、シャンプー、スタイリスト、ドライヤーと、小銭入れを広げてチップを払ってまわったモッズヘアー、ちょっと変わったパトカーのサイレンの音、そんなパリの思い出を、切なさとともに甘く思い起こさせてくれます。<br />
<br />
パリと愛をテーマにしたショートムービー集の中の一作品ですが、東京と愛をテーマにした作品もあったら嬉しいなぁなんて思いました。<br />
<br />
<br />
<object width="500" height="281"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/PA_6esrIAvs?version=3&amp;hl=ja_JP"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/PA_6esrIAvs?version=3&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" width="500" height="281" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></embed></object></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>BOOKS　DO　FURNISH　A　ROOM</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/343</link>
		<comments>http://www.kurashinotane.com/archives/343#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 20 Nov 2015 14:58:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yomoyasu</dc:creator>
				<category><![CDATA[リノベ・ＤＩＹ]]></category>
		<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[洋書です。 日本語のタイトルとつけるとしたら、 『本とともにある生活』『インテリアとしての本』『本にまみれた部屋』 アメリカやヨーロッパの、本好きの心を揺さぶる部屋がたくさん紹介されている、本棚の写真集です。 壁一面の本 [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
洋書です。<br />
日本語のタイトルとつけるとしたら、<br />
『本とともにある生活』『インテリアとしての本』『本にまみれた部屋』<br />
アメリカやヨーロッパの、本好きの心を揺さぶる部屋がたくさん紹介されている、本棚の写真集です。<br />
<br />
壁一面の本棚、ミステリーに出てきそうな、ドアと一体化した本棚、階段下の本棚、ニッチの本棚、ただ本を積み上げただけの本棚、傾いた本棚、ドアの上のスペースを活かした本棚等など、これでもかっていうほど本棚づくしです。<br />
<br />
ただ本を収納するスペースとするか、部屋の印象を変えるインテリアとして捉えるか、本棚とひとことでは納まりきれない深いものがありそうです。<br />
<br />
かつてイギリスの貴族は本も資産として代々相続していたそうですから、膨大な量になりますね。<br />
我が家だと、本棚ばかり立派で中身はスカスカになってしまいそう。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>集合住宅の時間</title>
		<link>http://www.kurashinotane.com/archives/213</link>
		<comments>http://www.kurashinotane.com/archives/213#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 18 Sep 2015 04:54:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yomoyasu</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[ベルギー人建築家、オーギュスト・ペレによって、1903年（明治36年）、パリのフランクリン通りに鉄筋コンクリート造のアパートが建てられてから一世紀を経た、近代集合住宅の歴史。 日本では、1916年（大正5年）長崎軍艦島の [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
ベルギー人建築家、オーギュスト・ペレによって、1903年（明治36年）、パリのフランクリン通りに鉄筋コンクリート造のアパートが建てられてから一世紀を経た、近代集合住宅の歴史。<br />
<br />
日本では、1916年（大正5年）長崎軍艦島の集合住宅「30号棟」を皮切りに、同潤会アパート、晴海高層アパートなどが建てられましたが、多くは姿を消してしまいました。<br />
<br />
建築計画、まちづくりを専門に研究している著者は、自称「解体立会人」として、日本の近代集合住宅黎明期に建てられた集合住宅を、著名建築家が建てたものから、作者不詳建築年不詳のものまで、20年近く（初版発行の2006年時点）行ってきた実測調査や住人への聴き取り調査を、簡単にまとめた本です。<br />
<br />
著者は、<br />
<br />
“「時間が経つことは、価値が無くなっていくことである」という悲しい現実があるのである。そのせいもあって、日本の都市は常に記憶喪失の危機に瀕している。”<br />
“時間をかけた日々の暮らしの蓄積の中でこそ、住宅という建築物は評価され続けなければならないのではなか。”<br />
<br />
と本書の中で言っています。<br />
<br />
本書で紹介されている集合住宅<br />
・長者町二丁目第二共同住宅（昭和35年）<br />
・日東アパート（昭和26年）<br />
・同潤会山下町普通住宅（大正13年）<br />
・同潤会大塚女子アパートメント（昭和5年）<br />
・奥野ビル（昭和7年頃）<br />
・東光園アパート松月荘（昭和4～10年頃）<br />
・同潤会清砂通りアパートメント（昭和2～4年）<br />
・山手234番館（昭和2年）<br />
・大阪市営下寺・日東住宅（昭和6～9年）<br />
・広潤荘（昭和3～8年）<br />
・横浜市稲荷山下住宅（大正14年）<br />
・九段下ビル（昭和2年）<br />
・竹平アパート（昭和10年）<br />
・同潤会江戸川アパートメント（昭和9年）<br />
・求道学舎（大正15年）<br />
・烏山第一団地（昭和33年）<br />
・西長堀アパート（昭和33年）<br />
・原宿アパートメンツ（昭和33年）<br />
・トヨクニハウス（昭和7年）<br />
・宮益坂アパート（昭和28年）<br />
・三田東急アパート（昭和32年）<br />
・同潤会青山アパートメント（大正15年）<br />
</p>
]]></content:encoded>
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		<title>住まいと暮らしの質問室</title>
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		<pubDate>Tue, 18 Aug 2015 05:34:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yomoyasu</dc:creator>
				<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
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		<description><![CDATA[『室内』は、昭和30年に家具屋、建具屋、大工のための月刊誌として創刊され、コラムニストとしても著名な山本夏彦が発行人を務めていました。 残念ながら、平成18年に休刊してしまいましたが、本書は、それまでに読者から寄せられた [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
『室内』は、昭和30年に家具屋、建具屋、大工のための月刊誌として創刊され、コラムニストとしても著名な山本夏彦が発行人を務めていました。<br />
<br />
残念ながら、平成18年に休刊してしまいましたが、本書は、それまでに読者から寄せられた、「家づくり」についての質問をまとめたもので、才媛が多いと有名であった編集部員の方々が、職人や建築家に聞いてまわり、豊富な語彙で分かりやすく回答しています。<br />
<br />
これから住宅を建てる方はもちろん、<br />
まったく興味のない方にまでお勧めしたい一冊です。 <br />
<br />
目次の一部を抜粋しますと、 <br />
・浄水器の種類と特徴、効果について教えてほしい。<br />
・ガス漏れの時に電話は使えるか<br />
・ヨーロッパ式のバスルームを東京のマンションに再現に再現したい<br />
・家を壊さないで移動させることはできますか<br />
・民家の古材を手に入れたい<br />
・からくり箪笥の構造をたくさん知りたい<br />
・我が家に鹿おどし<br />
</p>
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		<title>家の履歴書　今は亡きあの人篇</title>
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		<pubDate>Sat, 16 May 2015 09:33:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>yomoyasu</dc:creator>
				<category><![CDATA[ライフスタイル]]></category>
		<category><![CDATA[建築・住宅・街]]></category>
		<category><![CDATA[文学]]></category>
		<category><![CDATA[考える]]></category>
		<category><![CDATA[本]]></category>

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		<description><![CDATA[週刊文春で平成6年からの連載されている企画、著名人が生れてから育ってきた家を、当時の暮らしぶりや両親との思い出を、記憶を辿りながら語る物語を、編纂したものです。 著者は斎藤明美。週刊文春の記者で、女優の高峰秀子の養女とな [...]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>
週刊文春で平成6年からの連載されている企画、著名人が生れてから育ってきた家を、当時の暮らしぶりや両親との思い出を、記憶を辿りながら語る物語を、編纂したものです。<br />
<br />
著者は斎藤明美。週刊文春の記者で、女優の高峰秀子の養女となった人です。<br />
<br />
男優・女優篇、文化人・芸術家篇、今は亡きあの人篇の3シリーズあります。<br />
<br />
大正時代や昭和初期の、記憶に残った家の間取りが紹介されていますので、当時の日本の家の間取りの参考になります。<br />
また、当時の暮らしぶりや少年・青年時代に考えていたことも、住んでいた家とともに語られており、当時の生活や日本人の考え方などを知ることができます。<br />
<br />
「家に歴史あり、人に歴史あり」<br />
<br />
<img src="http://www.kurashinotane.com/wp-content/uploads/2014/02/IMG_0180.jpg" alt="家の履歴書" width="550" height="326" class="alignnone size-full wp-image-1252" />
<br />
<br />
【今は亡きあの人篇に集録されている著名人】<br />
高峰秀子、天本英世、川谷拓三、古今亭志ん朝、丹波哲郎、中野孝次、淀川長治、佐藤慶、谷啓、藤岡琢也、下條正巳、久世光彦、清川虹子、梨元勝、名古屋章、笠原和夫、山城新伍、夢路いとし・喜味こいし、藤田まこと、小林桂樹、原ひさ子、石井好子、飯田深雪、双葉十三郎、田村高廣、緒形拳、内藤ルネ、メイ牛山、川内康範</p>
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