コラム

伝統建築を守るひと 【vol1:函館市 旧相馬邸 東出伸司氏】

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May 01, 2016
written by 中村風詩人

弊社とご縁がある「伝統建築を守るひと」にスポットライトをあて、代表の四方田がインタビュー形式の対談にてお伝えします。
第一回目は、北海道函館市元町にある東出伸司さんが守る、旧相馬邸です。これが建築や町並みに対して考えるきっかけになれば幸いです。

———-interview on 4th of April
H:東出伸司さん(旧相馬邸オーナー)
Y:四方田裕弘さん(青山物産代表)

MC:お二人の出会いはどういったものだったのでしょうか。

Y:5年ほど前に私が旧相馬邸を訪ねたのが始まりです。弊社の社員に函館にゆかりが強い者がいるので、いつからか「社員旅行は函館」と言うのが定番になっていました。3回ほど函館を訪れた時に、観光よりも文化を掘り下げてみたいと思いこの旧相馬邸を見学してみることにした時に出会いました。

H:あの時は突然別室にお呼び立てして失礼しました。ちょっとした人違いをしてしまいましたね。

Y:いえいえ。見学に来ただけだったので驚きましたが、それがきっかけで旧相馬邸の歴史や建築物としての素晴らしさに触れることが出来ました。

MC:人違いから始まるのも奇遇な縁ですね。初めて四方田さんが旧相馬邸に入った時にはどんな印象をお持ちになりましたか。

Y:とにかく圧倒されました。私は職業柄よく伝統建築を見に行くのですが、旧相馬邸の天井に走る梁や黒炭の使い方、それに釘隠しなど随所に並々ならぬこだわりを感じました。

MC:四方田さんが函館で旧相馬邸に出会えたのは幸運でしたね。ところで、函館出身の東出さんにとって、以前の旧相馬邸はどういった存在だったのでしょうか。

H:この建物は小さい頃から知っていました。高校がすぐ近くの函館西高校だったこともあり近所のお屋敷のようなイメージを持っていました。この辺りは縄張りというか、青春の遊び場だった訳です。

MC:その時から旧相馬邸に出入りされていたのですか。
P01_1DX7451 H:いえ、その時はまだ相馬家の自宅だったので入れなかったのです。それどころか立ち寄りがたい雰囲気がありました。正直、怖かったです。

Y:怖かったのですか。

H:そう、当時から函館での相馬家というのは別格でしたから。漠然と畏怖のような念を抱いていたのだと思います。それから何十年も過ぎて、もう一度旧相馬邸と向き合う時が来ました。

Y:それはいつ頃のお話ですか。

H:私が50代か60代近くなった時、ちょうどバブルが弾けた頃です。元々私は四方田さんと同じ不動産屋でして、とにかくお金を稼ぐ日々を過ごしていました。それであるとき、こんな風に思ったのです。お金は稼いできた、だがそれだけの自分の人生は一体何だったのだろうか、と。
P02_1DX7457 Y:お金が紙切れのように思えた、ともおっしゃっていましたね。

H:そうです。そういった思いが芽生えた頃、たまたま元町を散歩する機会がありました。そしたら、学生だった時と比べて随分と空き地が増えていました。建物が荒れたままの場所も少なくありません。残念ながら青春時代に見ていたこの旧相馬邸もその例外では無かったのです。

MC:旧相馬邸との再会ですね。何年くらいの出来事ですか。

H:10年ほど前なので2006年頃だったと思います。旧相馬邸は当時も開放されておらず、地元の不動産会社が所有していましたが、その不動産会社の経営状態から、旧相馬邸はまもなく手放される危機を迎えている事を知りました。ということは、このままだと旧相馬邸は壊されるかもしれない、もしかしたら駐車場か何かになってしまうかもしれない、そう考えていたら何とか出来ないだろうか、と強く思いました。

Y:その頃、旧相馬邸は誰からも見捨てられていたと聞いています。函館市も取得に決して乗り気では無かったそうですが。

H:そうです、私が函館市に購入して保存してくれないかと頼みに行きました。

Y:東出さんご自身で市に直接ご提案されたということですか。

H:はい、何度も私は提案に行きました。ですが函館市が買うという話は一度も出たことがありません。なにせ当時は荒れ果てた幽霊屋敷でしたから。靴を履いて入らないといけないほど荒れていました。

MC:結果的に購入されていますが、そこからどういった経緯で取得にいたったのでしょうか。
03_1DX7657 H:それから何度か見に来ました。変わらず幽霊屋敷で怖かったのですが、それでも細部を見ていったら欄間はしっかり残っているし、組まれた支柱にはヒビも節も見当たりませんでした。ひょっとしたらこれは大変な価値があるのではないか、と思い始めたのです。

Y:そのあとすぐに購入されたのですか。

H:いえ、それから何度も函館市を訪ねて旧相馬邸の価値を訴えました。それでも市は全く取り合ってくれませんでした。それどころか段々と私がいく度に市の職員方は目を背けるようになっていました。

Y:函館市が旧相馬邸を購入して保存に乗り出すことはもう期待できない、その頃にはそうお考えだったのではないでしょうか。

H:はい。市庁舎を後にしてとても落胆しました。その帰り、私は最後にと思ってもう一度旧相馬邸を見に行ってみました。夕暮れ時で、不気味な雰囲気に包まれていました。そこで、木枯らしに吹かれた松が大きな音を立てた時です、私はこの旧相馬邸に、あるいはこの屋敷に住む何かに、ギロッと睨まれた気がしたのです。私は飛び上がるように屋敷から逃げ出しましたが、思えばその時に私はこの旧相馬邸を取得するのかもしれない、と思い始めたのかもしれません。

Y:学生時代に抱いていたと言う畏怖の念、それから数十年を経てまた怖れを抱くような不思議な出来事ですね。
07_1DX7800raw H:私は何かに取り憑かれたように、その数日後には銀行や信用金庫へ回って借り入れが出来るか確認をしていました。ですが、この時点では旧相馬邸を守りたいというよりは、現実的には他に売り先が見つかるまで自分が取得して繋ぎ役をできないか、というくらいの気持ちで、まだ大義を頂いている訳ではありませんでした。

Y:それから購入まではどれくらい検討されたのでしょうか。

H:1ヶ月です。68歳の秋でした。私はもう年ですから一週間が矢のように過ぎていきます。それに日々体力が落ちていくのを実感しています。決断は早いほうがいいと思っていました。

Y:これほどの物件を1ヶ月で購入する決断をされるのは大変なことです。

H:それが買うだけでも大変なのに、補修をしないと屋敷に入ることもままならない状況でした。もちろん補修の工事をする訳ですが、その期間中に内部を見せてもらえないか、と何人か訪ねてくる事がありました。見たい人がいるなら奇麗にして公開しようと思ったのがこの頃です。さらには、そこから得られる入場料を元に補修費を捻出できないかと考え、翌年の春に公開してから今に至ります。
02_1DX7665 MC:旧相馬邸は公開から早3年近くが経とうとしていますが、足を運んで見に来てくれた人には何を感じて、持ち帰って欲しいと思っていますか。

H:ひとつには文化財の建物の素晴らしさです。それに旧相馬邸を知る事によって、函館の歴史や北海道への興味などをもってもらうきっかけになればと願っています。
04kyuusoumatei01 MC:今も公開し続けるのにあたり、補修費まで考えると大きな赤字だと思いますが、どういった気持ちで続けることが出来ているのでしょうか。

H:それは、男の意地です。函館に23万人(※現在は26万人)もいる中で、誰も旧相馬邸を守ろうとしなかった。それなら自分がやってやる、というようなそういった気概で望んでいます。もうひとつは、旧相馬邸のような伝統建築物はこれからどんどん壊されていくと私は思っています。どうして壊されるかと言えば、それは守り抜くことが出来ないから壊すしかない、というのが現実です。そのためにはこの旧相馬邸のように「民間人が立派に再生し利益を生み出すようにした」ということが実証出来れば、全国の同じような境遇にある建物やその守り手が勇気づけられるのではないかという思いがあります。

Y:自分も会社を経営している身として、こういった形でしっかりと修復され公開をし、さらに利益をあげることが出来ていることに感銘をうけました。なぜお金を稼ぐのか、また稼いでどうするのか。そういった商売のあり方について私も価値観が変わりました。
05kyuusoumatei02 MC:現在は市から購入したいなどの申し出はないのですか。

H:全くありません。寄贈の話はなくもないですが・・・。

Y:寄贈ですか・・・。以前、旧相馬邸の屋根裏を見せていただきながら修築の経緯などのお話を聞かせて頂きました。色々と話を伺ううちに、東出さんは自分のお金の使い方を知っている方だと私は思いました。使命感で旧相馬邸を購入し、きちんとした形で利益をだし、しっかりと市に還元していることに感動しました。個人的には、この現状の仕組みはこれからも保っていって欲しいと思います。
06_1DX7811raw MC:四方田さんはそういうことを感じる中で、自分でも実際に建築保存をやってみたいと思うのですか。

Y:自分の今の能力だと何ができるのだろうと考えるようにはなりました。自分の町、東京だと同じことをしようと思えばそれこそ金額の桁が違います。まだ確かな答えは出ていませんが、ひとつ函館で学んだ大きなことは、経済基盤がしっかりしていないと保存への意識は変わらないということです。結果的に、人がいなくなってしまっては残す人もいなくなってしまいますから。

MC:東出さんは、伝統建築を守るにあたって何が必要だと思われますか。

H:熱い心がないと難しいですね。理由は何でもいいと思っています。歴史に名を残したいとか、遺産を後世に伝えたい、あるいはただ格好付けたいでもいい、理由はどうあれまず守らなければ始まりません。そのためにはまず、その建築物に惚れ込むことです。

MC:東出さんは今後のビジョンは何か考えていますか。

H:旧相馬邸の話ではありませんが、ミャンマーに小学校を作りたいと思っています。昨年カンボジアに行って来たのですが、町の汚さや生活環境の悪さに驚きました。そこかしこに水たまりのある町を裸足で子供達が遊んでいるのを見ていていたたまれなくなりました。そこで隣のミャンマーの学校の環境はもっと悪いという話を聞き、その状況を何か少しでも変えられたらと思いました。

Y:それはとても素晴らしいお考えですね。東出さんだったらきっと出来る気がします。

H:その前にこの旧相馬邸ももちろん発展させていかなくてはなりませんね。

Y:それも大いに期待しているところです。

H:頑張りますよ、体が動くうちは。これからもよろしくお願いいたします。

Y:こちらこそよろしくお願いいたします。

MC:お二人とも本日はありがとうございました。
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写真・文:中村風詩人

※是非、旧相馬邸に足を運んでみてください。
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